31 夜の街




僕は彼女を捜して歩いた。
いつもの店には、もう顔を出さないらしい。
働いていた店も、辞めたらしい。

それだけしか分からなかった。
僕は、夜の街を歩き回った。



彼女は、一人で飲んでいた。
初めて見たとき、たばこを吸う横顔が、綺麗だと思った。
近寄りがたい、凛とした空気を漂わせていた。



同窓会の時だった。
僕は、同級生に連れられて、初めてその店に入った。
店のドアを開けたとき、僕は声が出ないくらい驚いた。
そこから、中へはいるのをためらった。
薄暗くて、汚い、その店は、何ていうか、「場末」という言葉くらいしか、当てはめられないようなところだった。

僕の同級生は、その店の常連だった。彼女とも顔見知りだった。
僕が彼女のことを訊ねるより先に、彼女を僕に紹介した。

挨拶をかわして、僕はまた吃驚した。
彼女の笑顔は、陳腐な言い方だけど、少女のように可憐で、暗い店の中が一瞬太陽が差したみたいに明るくなった気がした。
僕は、恋に墜ちた。



僕は、その店に毎日通った。
彼女が店に来るのは週に4度だったり、3度だったりだった。時間もまちまちだった。
次第に僕たちは一緒に飲むようになり、そして、その店で待ち合わせるようになった。

彼女は、花屋の店員だった。
夕方4時からスナックやクラブに花を作って配達するのだそうだ。
僕は花屋の店員、と聞いたときに、不覚にも、驚きを上手く隠すことが出来なかった。
彼女は笑って「お花屋さんって柄じゃないと思ってるんでしょう。」と言った。



出会ってから1ヶ月後、僕は1週間のうち2日か3日、彼女のアパートに泊まるようなった。
そして部屋のカギももらった。
僕は、彼女のことを恋人だと、友達に紹介した。

2ヶ月後、彼女のアパートに、僕の荷物が2箱運ばれた。
彼女はお揃いの茶碗を買ってきた。
僕は彼女のアパートから会社に通った。

でも、3ヶ月後、僕は一人で彼女のアパートにいる日が多くなった。
彼女のベッドで眠っていると、朝方彼女がもぐりこんでくることもあった。
「今日は仕事が多かったの」
彼女は甘えた声で僕の腕を自分のからだに巻き付けて眠った。

そして、4ヶ月後のある夜、酔って帰ってきた彼女を、僕はぶってしまった。
彼女は怯えた目で僕を見上げた。
いや、あれは怯えていたのか?
もしかしたら、怒りに震えていたのかも知れない。
僕は耐えられなくなって、部屋を飛び出した。



しばらくして、僕は自分の荷物を取りに、彼女のアパートを訪ねた。
カギを開けると、部屋は散らかり放題で、キッチンにある僕の茶碗には、虫が這っていた。
僕は荷物をまとめて部屋に鍵をかけて、ポストにその鍵を放り込んだ。



彼女から連絡はなかった。

僕から電話もできなかった。

彼女に遭うのが怖くて、あの店にも行かなくなった。

僕は、同じ会社の女の子と付き合うようになった。



あの日から、ちょうど1ヶ月後、あの同級生からメールが来た。
彼女から父親が亡くなったと誰かから聞いたのだという。
父親は何かの薬物中毒だったらしい。

彼女は、父親のことを、僕には何も話さなかった。

彼女の携帯は、もう、つながらなかった。
僕は彼女の部屋のドアを叩いた。
出てきたのは、違う女だった。

僕は、彼女の働いていた花屋へ走った。
辞めてから、随分経っていた。

あの店に行った。
もう、随分来てないなぁ。僕を気遣うように、わざとぶっきらぼうにマスターが言った。

その日から、僕は、あてもなく夜の街を歩いた。
歩いていれば、彼女に遇えるような気がした。
花屋をひとつづつ、残らずのぞいた。
交差点で、いくつも信号を待った。
たくさんの女とすれ違ったが、彼女はいなかった。

どんなに夜の街を歩いても、彼女に遇うことはなかった。



僕が、彼女を捜して歩くようになってから、どれくらいに経っただろう。
久しぶりに入ったあの店で、彼女が結婚したことを聞いた。
しばらくぶりに、店に来たそうだ。
僕は、なんだか、体中の毛穴から魂が逃げていったような気がした。
ホッとしたような、泣きたいような、訳の分からない気持ちを抱えて、明るくなるまで飲んだ。



そして僕は、もう、夜の街をさまよい歩くことを辞めた。




38のお題へ戻る




もしよろしければご感想を送ってください。

momiji_3@mail.goo.ne.jp
または、掲示板へ!!



エレカ知ってんだい!へ戻る
SEO 無料レンタルサーバー ブログ blog