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僕が飼っていた雨粒の名前は「エ・ヴー」。
「エ・ヴー」ってのは、フランス語の挨拶で、「サヴァ?(元気?)」と聞かれて答える時に使う。
「サバ。エ・ヴー?(元気だよ。そっっちはどうだい?)」ってな調子のはずなんだけど、
エ・ヴーは、ある日突然、僕の部屋の窓に現れて、
唐突に「エ・ヴー?」と尋ねたんだ。
エ・ヴーは、僕が用意してやった小さなグラスに、
小さく丸まって眠った。
気が向くと、グラスから飛び出して、
窓ガラスの上を滑り台のように滑り降りて遊んだり
窓枠をよじ登ったりして遊ぶのが好きだった。
そして、夜になると、
また、
小さく丸まって眠った。
僕とエ・ヴーの、静かな暮らしがしばらく続いた。
梅雨が明けて、
出かけるのがおっくうだった僕も
だんだん、外へ出かけるようになった。
部屋に帰ると、エ・ヴーに
「ただいま」と言っている自分が、楽しかった。
夏が近づいてきた。
僕は、コンビニでアルバイトをはじめた。
部屋に帰って、今日一番の変てこな客のことを
エ・ヴーに話して聞かせた。
コンビニのアルバイトも忙しくなって、
友達と遊びに行くことも多くなって、
ぼくは、だんだん、部屋で過ごす時間が短くなっていた。
帰っても、エ・ヴーと一言も話すことなく、
疲れて寝てしまうこともあった。
ある、とても暑い夏の夜。
とてつもなく大きな雷に、
僕は驚いて窓を開けた。
大粒の雨が、ひとつ、ふたつと落ちてきて
それは次第に数え切れない大雨になった。
久しぶりの雨だった。
僕は、久しぶりにエ・ヴーに話しかけた。
エ・ヴーは、少し体をこわばらせて、
そして、少し震えた。
それから、
エ・ヴーは、グラスを飛び出し、
雨が吹き込む窓枠に
静かに座り込んだ。
そして、
楽しそうに体を揺らしながら
雨の中に飛び降りていってしまった。
僕は、
雨がはじける路面を見下ろして、
エ・ヴーが、その雨の中にいるかどうか、探そうとした。
でも、 もう、
分からなかった。
さよなら、さえ、言ってくれなかった。
僕は、吹き込む雨に髪を濡らしたまま
路面を眺め続けた。
もう一度だけ、エ・ヴーの声が聞きたいと
思った。
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